共催



後援
ローマ日本文化会館、伊日財団
広島市、ヴェネチア市、パドヴァ市他


協力
coba(イメージ・テーマ曲)










皆様のご協力でイタリア、日本あわせて1887枚の記念葉書が売れ、この中から郵送の切手料金を差し引いた分をクルグローイェ孤児院への支援金として「チェルノブイリ・プロジェクト協会」に渡しました。ご協力ありがとうございました。


チャリティ
「禎子プロジェクト」
20世紀の2つの放射能惨劇
     1945 ヒロシマ - 1986 チェルノブイリ

 ヴェネチアから広島までの長距離バイクツーリングを何か有意義なことにも使えないものかとライダー達が考え、今回のチャリティ「禎子プロジェクト」が実現しました。
  前回彼らが北京に行ったときにはアルメニアにある病院の小児病棟建築費を支援し、今回は「放射能」という目に見えない力の恐ろしさを皆に改めて知ってもらおうと、いくつかのチャリティ活動をツーリング中に行うことにしたのです。

 このプロジェクトはイタリアのボランティア団体「チェルノブイリ・プロジェクト協会」の協力をいただいて、マルコ・ポーロチームがツーリング中にチェルノブイリや、原発事故の被害を直接的、間接的に受けた子供のいるベラルーシの孤児院などを訪れることになります。またこのツーリングの最終目的地を日本の広島に決めて、ヴェネチアから被爆地広島に平和のメッセージを届けるという役割も担うことなりました。
  プロジェクトの名前は広島で被爆を受けて白血病となり、治癒を祈りながら折り鶴を折りつづけて1955年に10歳で死んでいった少女、佐々木禎子の名前を取って禎子プロジェクトと呼ばれています。

チェルノブイリ原子力発電所事故

ベラルーシ共和国の孤児院への支援援助。
北イタリア・アバーノ・テルメ市のボランティア団体「チェルノブイリ・プロジェクト協会

(Associazione "Progetto Cernobyl")」では1999年からベラルーシ共和国におけるチェルノブイリ原発事故の被害者に対して支援活動を行ってきました(ベラルーシはチェルノブイリから国境をはさんでわずかしか離れておらず、ウクライナ同様深刻な放射能汚染を受けた)。
  この団体は市がこの事故で被爆した子供達や孤児達をイタリアに呼び寄せる計画をサポートするために作られたもので、この他ベラルーシ共和国にある孤児院を支援してきました。

孤児院への支援

  現在は支援をしているベラルーシ国内のクルグローイェ孤児院の子供達のために職業訓練用の施設や設備を支援しようとしています。子供達は16歳になるとここを出なくてはならなく、職業技術を習得できる環境が整えば、職業訓練校と同じような制度になるため、18歳まで施設にいることが可能になるのです。またこれによって就職への道も開かれることになります。施設は洋裁、情報、木工技術、マスコミ、環境衛生などのコースが作られることを予定しています。また洗面設備を施設内に設置することも計画されています。現在トイレなどは表にあり、冬季などは極寒になるため施設内の設置が望まれていました。また子供の歯の状態がよくないので、歯の治療室の設置も考えられています。


  マルコ・ポーロチームでは今回のツーリングの記念葉書(左写真)やTシャツなどのグッズを販売し、それを援助資金にしています。すでにイタリア国内での関連イベントで多くの人が絵葉書購入に協力してくれました。
ポストカードは買ってもらった人に住所を書いてもらい、チーム到着後、広島から購入者に送られるとういう記念ポストカードになっているのです。現在までにおよそ800枚近くの絵葉書を購入して頂きました。
(日本で購入された方は、葉書はイタリアから日本に送られます)

  また銀行振込みなどによる支援金の呼びかけも行っています。
皆さんもマルコポーロに会った時には記念ポストカードを買ってご協力ください(一枚5ユーロ)。

ベラルーシの子供達を支援する
「チェルノブイリ・プロジェクト協会」のサイト(伊語) www.progettocernobyl.org


チェルノブイリ事故に関するサイト「放射能安全研究グループ」



原子爆弾/ヒロシマに平和のメッセージを(千羽鶴とヴェネチア市の平和市長会議加盟)
「ヒロシマ」や「ナガサキ」という固有名詞はすでに世界中に知られています。しかし戦後60年以上が過ぎ去ろうとしている現在、その悲劇を実際に知っている人が少なくなってきているのも事実です。日本だけでなく多くの国の子供達に、遠い過去に起きた惨劇を伝えててゆくことが必要になってきています。
  今回パドヴァ近郊ルーバノ市にある「ローザ・アガッツィ公立小学校」の5年生17人が「禎子プロジェクト」に協力してくれました。子供達は禎子や原爆の話しを授業で聞いて、放射能の怖ろしさを知り、その苦しみを今でも受けている人々が早く治るようにと、平和への祈りをこめて鶴を折ってくれたのです。
  子供達は折り鶴を5ヶ月近くかけて折り続け、いまでは1000羽を超える鶴が教室一杯に飾られるまでになりました。この願いをマルコ・ポーロチームは最終目的地の広島に到着後、原爆の子の像(禎子の像)の前に捧げて、平和や放射能の怖ろしさを伝えることにしています。

 またこのツーリングを機会にヴェネチア市に核兵器廃絶を訴える平和市長会議への都市加盟を呼びかけた所、賛同を頂き加盟申請をすることに決まりました。ヴェネチアのマッシモ・カッチャーリ市長がサインをした申請書をマルコポーロチームは広島市長に届ける予定です。

小学生の声
「私たちは広島で爆発した爆弾よって放射能被爆を受けた人たちに平和の証を持ってゆきます」 (女子)
「戦争がなくなりますように。そうすれば人が死ぬこともないし、核爆弾もなくなるでしょう。」(女子)
「放射能の被爆を受けた人たちが、治りますように。この千羽鶴がなにか役に立ちますように。」(男子)


広島平和記念資料館のサイト


佐々木禎子さんについて(広島平和記念資料館サイトより)


 
 


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